平出さんは、両親の親しい友人という存在で、幼少の頃から大変可愛がってもらいました。
平出さん、メンバーである田中さんと団長はご夫妻で25年以上『ファミリー会』という毎月一度パーティーを開き親睦を深める強い絆の同志でもあるのです。そんな平出さんから「団長との出会い」「合唱人生」などなど貴重な話を聞かせていただきました
インタビュー形式でご紹介しますね
Q「平出さんが合唱(音楽)と出逢ったきっかけは何ですか?」
A「私の唯一の趣味は歌う事です。今ではカラオケも大好きですが小学校の頃から音楽の授業が大好きでした。褒め上手の先生に恵まれたお陰と思っています。音楽の先生が選抜したメンバーで合唱団を作りそこでいつも私はソリストでした。
しかし中学に入ると当時の世相では合唱など女・子どもがやるもので男がやるものではないという気風があり、私もそう思ってました。だから剣道部に入りました。
ところが中学3年の春に音楽の先生から合唱部にトレードされたのです。断りました。絶対嫌だと。ところが腕っ節の強い先生で強引に音楽室に連れて行かれてしまったのです。更にそこには何と私が密かに好きだ!と片思いしていた一級下の可愛いあの子が居たのです!私の意思は急変し「私も合唱やります」と宣言してしまった次第。(ちなみにこの子には五年後に見事にフラれる悲劇に終わりました)」
Q「高校時代は合唱部だったと聞きましたが…。」
A「高校では迷わず合唱部に入部。毎日放課後には練習がある日もない日も部室にたむろしてました。一級上に西川均さん(現アルス団長)、一級下には田中弘治さん(現アルステナー)が居ました。学生指揮者は二級先輩の岩崎琢鵄さん(現コールサキ指揮者)でした。西川さんは練習にはほとんど顔を出さないのに肝心な時に現われて私のソロの座を奪う…そんな存在でした。」
Q「ここが団長との出会いだったのですね。そして大学時代へと・・・?」
A「高校を卒業して東京で一年間の浪人生活。新宿の「ともしび」という歌声喫茶に通いつめ何時もお小遣いが足りませんでした。
その夏下宿の浪人仲間と富士山に登りました。やっとたどり着いた頂上で何とあの西川先輩に呼びとめられたのです。登り坂の挙句に「まさか!」があったのです。幸か不幸か運命の出会いとなりました。
それからは大学の男声合唱で週4日の練習、日曜日は西川リーダーのカルテット、西川さんは麻雀でも私の僅かなお小遣いは彼の食事代になってしまったのです。(苦笑)
火曜日の夜は信濃町幼稚園が練習会場だった混声合唱団「コールフリーデ」にカルテットの4人がそろって入団。
指揮者は若き日の辻正行先生。団員には中沢尚子さんというとても気さくでしかも頭の良さそうなアルトがいて我々新入団員の面倒をみてけれてました。この方が後の(今の)西川尚子さんになるとは当時の私には完全に想定外でしたね。」
「話し出せば限り無くなりますのでこの辺りで終えますが縁とは本当に不
思議なものですね。」
Q「最後に合唱をはじめてみようと思っている方、ブログを読んでいる方へメッセージをどうぞ!」
A「さてこのブログをお読みの皆さん、歌が大好きな皆さん是非一緒に歌いましょう!新しいご縁が開けますよ!特にテナー希望の方大歓迎です。年齢は問いません。すべてに感謝!!!」
平出さん、興味深いお話を聞かせていただきありがとうございました。こうした長年のお付き合いを通してお互いを知り、今でも合唱メンバーとして一緒に歌って“歳を重ねていける…”なんて!ステキな関係だなぁと思います。