今回は富士の小林さんの感想をご紹介しますね
「無事にコンサートが終わりほっとなさっておられる事と思います。私は、実は、アンコール曲を歌いながら、‘ああ、もう少しうたっていたいな〜‘と思っておりました。 (よく分かります
☆「富士からもコンサートを見に来られた方
「富士の友人のメールの一部をお知らせしますね。
『独特の音の波に最初から最後まで浸りシアワセな時間でした。〜中略〜次の曲が日本の合唱曲だったりしないどっぷりアルスアンティカ、ルネッサンスの曲だけで、満席になる、25周年の力と浜松の力を感じました。』by K.
『パート内が同じ方向性を持っているので、破綻がなく聞きやすいですね。少し外部の雑音が気になりましたが、ミサ曲の時には、その音も消え、大変充実した演奏だったと思います。私は、ミサ曲が一番気に入りました。』by M.
『各パートが少人数にもかかわらず、それぞれがよく聞こえました。問題は人数ではないということなのですね。それがよくわかりました。Sicutは歌った事がありますが、あんなに素晴らしい曲であるという事が今日はじめてわかりました。それだけでも聴きに来て良かったです』by I
と、皆さん耳の良い人たちばかりですが、細かな事はとにかく、アルスアンティカの世界を楽しんでいただけたようです。」
「均さんのプログラムのことばの通りになり、本当に良かったです。いまさらですが、あのコメントは、均さんならでは(アルスを引っ張ってきた)のもので、実は最初教会で読んだときに、チョッピリ、じーんときてしまいました。
私はクリスチャンではありませんが、最近は、何か人が生きている間に起きてくる事柄は、何か必ず意味があり、そしてそれが自然に受け入れられるものなのだと言うことを強く感じます。
それは自分の意思とはまた別のもので、何か自分以外の大きな力によって動かされているような気がすることが多くあります。こんな風に考えるようになったのは、音楽を続けてきた事と無関係ではないような気がします。」
☆「小林さんは浜松在住されていたころ(数十年前?!)からのアルスの一員ですからね…。」
「静岡に転居してはじめに出会った合唱がアルスであった事が何よりの証拠です。もちろん、東京にいたときもかなり演奏活動はしていたのですが、古い時代の音楽に出会わせてもらって、その先の道は自分で開きなさいと、神様が私に課題を投げかけてくれたのでしょう。
これからどんな風に私の人生も変わっていくかわかりませんが、合唱活動の原点はアルスにあるという事はこの先ずっと変わらない思いであると思います。」
小林さん、そして娘の倫っちゃんコンサートをサポートしていただきどうもありがとうございました

